【イベントレポート前編】WEBメディアsoarの「地域に安心できる‟居場所”をつくる~子どもも高齢者もその人らしくいられる場を~」

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どうもさくもも@sasakuremomoko)です。

 

突然ですが、みなさん家出したことありますか?


私、大学生3年生のときにスーツケース1つ持って、家出したことがあります。


家出先のシェアハウスはカオスで、学生も社会人もフリーターも、昔不登校だった人も、精神的な病気の人も、宗教を信仰している人も、本当にいろんな人がいて、今までの人生で関わったことがない人がたくさんいました。


就活が辛くて逃げてきた私は、いい学校に入って大きな会社に入るっていう自分の価値観に気付かされたし、それは自分が本当に生きたい人生じゃないってことも気付かされました。

 

家出したとき、当然両親も兄も祖父母もすごい心配したはず。
だから、必要であれば泊まれる、いろんな価値観に出会える、地域に開かれた集会所とか児童館があればいいのに。


今、そんな場所を作ろう!と動いています。

 

▼プロジェクトの詳細はぜひこちらからご覧ください!(ぜひぜひご支援お待ちしています!)

camp-fire.jp

 

ということで、WEBメディア「soar」さんの「地域に安心できる‟居場所”をつくる~子どもも高齢者もその人らしくいられる場を~」というイベントに参加してきました。自分がやりたいことにどんぴしゃなテーマです。

soarとは

soarは障害や難病、LGBT、貧困、格差の中の子どもなど「社会的マイノリティ」の人々が持つ可能性が広がる瞬間を捉えるメディアです。デザイン、テクノロジー、アート、ビジネスなどによって彼らの力を発揮する、ポジティブな情報を伝えます。(

http://soar-world.com/より引用) 

 

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"ほぼ"書き起こしのイベントレポートをしたいと思います!長くなってしまったので、前後編でお送りします。(これ以降写真が全くありませんのでご容赦ください!)

 

 

 

  

 

イベント概要

大人も子どもも、様々な人が暮らす‟地域”。会社や学校、友だちや家族などのつながりが重視される今、‟地域社会”の中でのネットワークがないという人も少なくありません。

でも、これまで持っていたつながりがなくなってしまったとしたら、どうしたらいいのでしょうか?退職後、人とのつながりがなくなってしまった人。価値観の違いから、家族とも友達ともうまくコミュニケーションを取れない人・・。誰しも、ふとしたきっかけで、社会とのつながりが途絶えてしまう可能性をもっています。

困ったときには、いつでも頼ることができる。家族でも学校でもない、会社でもない、自分にとっての‟居場所”。多様な人が生活する‟地域社会”にこそ、そうしたセーフティネットのような存在が求められています。

今回の「soar night out!!!」では、それぞれの地域に根差し、人々が集まる居場所や、つながりづくりに取り組む方々をゲストに迎え、「地域に安心できる‟居場所”をつくる」というテーマでお話を伺います。

1人目のゲストは、鴻巣麻里香さん。鴻巣さんは、福島県白河市でまかない子ども食堂「たべまな」を運営されています。「たべまな」は、子どもと大人が混じり合い、それぞれが思い思いの過ごし方ができる、安心安全な”居場所”。場所をつくるだけでなく、それぞれの人が必要とするサポートにつなげることも含めた居場所づくりを行っています。

http://soar-world.com/2017/06/15/soarnightout0712/

もうお1人のゲストは、青山大蔵さんです。高齢者が集う映画館「アミューあつぎ 映画.comシネマ」を運営されている青山さん。‟ここに来ればいつでも誰かが必ず待っていてくれる場所”を目指し、映画上映だけでなく、市民団体と連携し高齢者や子どもへのサポートも行っています。

http://soar-world.com/2017/06/15/soarnightout0712/

イベントの後半は、阿部裕太朗さんにsoarをイメージしたフードコーディネートをお願いし、参加してくださった皆様とのパーティの時間をつくります!

地域におけるセーフティネットづくりに興味がある方や、日々悩みながら自分の‟居場所”を模索されている方、鴻巣さんや青山さんのお話を聞いてみたいという方のご参加をお待ちしています。

http://soar-world.com/2017/06/15/soarnightout0712/より引用)

 

まず最初にsoarとは?

スピーカー工藤瑞穂
「soar」代表・編集長。
1984青森県生まれ。宮城教育大学卒、青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム修了。仙台の日本赤十字社で勤務中、東日本大震災を経験。震災後、「小さくても、わたしはわたしにできることを」をコンセプトに、仙台で音楽・ダンス・アート・フードと社会課題についての学びと対話の場を融合したチャリティーイベントを多数開催。地域の課題に楽しく取り組みながらコミュニティを形成していくため、お寺、神社、幼稚園など街にある資源を生かしながら様々なフェスティバルを地域住民とともにつくる。2015年12月より、社会的マイノリティの人々の可能性を広げる活動に焦点を当てたメディア「soar」をオープン。イベント開催、リサーチプロジェクトなど様々なアプローチで、全ての人が自分の持つ可能性を発揮して生きていける未来づくりを目指している。

http://soar-world.com/

 

WEBメディアを運営している。

マイノリティという言葉で言ってしまうと少ない気がするが、自分がではなく、周囲の人もそうなるかもしれないと思うと少なくない。

 

この活動を始めたきっかけ

身内が統合失調症になってしまった。

理由は、勤務先で部署が変わり、大変だったにもかかわらず頑張っていたらうつに、さらに統合失調症に。

一生精神病棟からでれないと言われている。

精神病棟行ったことがあるが、すごく無機質で「本当によくなるのか」、さらに「どうしてそうなるまえに助けられなかったのか」と感じた。

 

本、インターネット、講演会など情報を探しているうちに「べてるの家」にたどりついた。

北海道浦河町にあり、精神疾患をわずらった人が働きながら暮らしている。

精神疾患の人たちは、周囲に人たちの優しさから働かなくていいよ、と言われる。

でも人間は生きていれば、働いていれば苦労にあたる、その苦労や社会とのつながりを奪われてしまうのでは、とその家の人が言っていた。

 

衝撃をうけた。

訪問したとき、幻覚大会をやっていた。これまで見た幻覚を競うもの。

一般的には社会ではタブーだと思われがちでも、弱さや強さを言葉にして励ましあっている。

 

病気ではあるけど笑顔。
治らなくても幸せなんだと感じた。

でも「もっと早くこんな場所を知っていたらら病気にならなかったかも」と思った。

困難に出くわしたとき、情報を知らないということが大きなダメージになる。

サポートを受けたいけれど、どこに情報があるかわからないという人がいる。

 

その一方で、活動をしている人たちはたくさんいる。

でも、現場が忙してく情報発信まで手が回らない。

そうだとしたら、困難を抱える人と活動する人を結びつける媒介者になりたい、と活動を始めた。

 

soarが目指すこと

7割の人が情報をネットで探している。情報を無料でどこにいても探せる。

だからWEBメディア。

障害や病気が理由で家から出られない人がたくさんいる。彼らはSNSやWEBで情報収集している。そんな人達にも届けられる。

 

誰でも生まれたときから、エネルギーや可能性をもっているが、障害や社会のせいで発揮できない人たちがいる。

可能性をひろげるようなメディアになりたい。
障害、LGBT、ホームレス、高齢者、女性など、ネガティブをポジティブに変えていく。

 

課題ではなく、サポート事例を伝えたい。

困難があってもsoarを見れば、サポートを見つけられるように。

課題に焦点をあてるのではなく、今ある光に焦点をあてたい。

 

ゲストトーク鴻巣麻里香さん

スピーカー鴻巣麻里香(こうのす まりか)
KAKECOMI発起人・代表、精神保健福祉士福島県スクールソーシャルワーカー1979年生。こども時代、母親が外国籍であることを理由にいじめにあい、自分の価値や生きる目的が見いだせないままなんとなく大学院まで進学する。大学院在籍中に北関東の山あいにある精神科病院関連施設でボランティアに従事。その経験を機に多様性と弱さを受け入れる地域社会づくりを目指し、精神科医療機関等で約10年に亘り地域に暮らす心の病・悩みを抱えた人の心と生活のサポートを行っている。東日本大震災後は被災者・避難者の心のケアに従事していたが、2014年12月に脳腫瘍除去の大手術を行い、完治を機に離職。フリーランスソーシャルワーカーとなりKAKECOMIを立ち上げる。現在は誰も孤立しないための居場所づくり(たべまな)の他、スクールソーシャルワーカーとして貧困や虐待、いじめなどに苦しむこどもと家族の支援を行なっている。料理の腕前には定評のあるアマチュア・シェフ。

 

ハーフを理由にいじめ抜かれた小学生時代

こんばんは、福島県白河市からきた鴻巣麻里香と申します。

 

白河は、東京から新幹線から90分、東京より5度くらい気温が低くて、暮らしているとわからないですが涼しいです。

そこでKAKECOMIという任意団体を立ち上げて2年です。

普段はスクールソーシャルワーカーとして活動しています。

 

soarさんの取材記事にはにこやかな笑顔で写っているけど、スクールソーシャルワーカーとしての仕事は主に児童虐待やいじめなどを受けている子供たち。

だから眉間にしわを寄せていつも怒っています。

子どもたちが社会で守られていない状況があって、大人の事情で子どもを犠牲に にしている現場がある。

味方をつくっているのか、敵をつくっているのかわからないような感じで働いています。

 

わたしは生まれは福島ではなく、埼玉県。父の仕事の都合で転勤を多く経験しました。

母がオランダ人、祖父がユダヤ人でホロコーストのサバイバー。ちょっとユニークな家に生まれた。

 

小5のときに栃木の宇都宮に住んでいた。

父が疲れた、田舎暮らしがしたい、と言い出して。宇都宮も充分田舎だったと思うとけど(笑)

山を切り開いてログハウスを建てたからそこに引っ越すから、と言われ学期の途中で引っ越した。

宇都宮に住んでいるころも、自分はハーフということでかなり珍しがられていた、居心地のよくない思いをしていた。

 

転校先では、近隣に全くハーフがいなかったところ。異質な存在だった。

私にコミュ力があったらモテたかもしれないが、根暗なオタク女子だったのでいじめぬかれた。仲間はずれやいやな手紙。

いじめ自体は、両親知れるところになって、私の記憶では早く解決した。3ヶ月か半年くらい。

 

いじめは自分から自分への自身や価値を奪った。

でもその経験で私は、自分自身の価値を見失った。

ハーフであることでいじめられるのはどうしようもないこと。

だれかを傷つけたとか、集団の輪をみだしてしまったのなら、改善できるけど、そうではない。

私自身はいったい何者なのか、私自身にどんな価値があるのか。わからず、何も自分で決められないまま成長してしまった。

 

時間は流れていくので、なんとなく両親が行けといった学校にいった。

就活のときに就活戦線に乗り遅れ、あ、やばいと思った。何かにならないといけない、と。

妙にプライドは高かったのでプー太郎にはなりたくなくて、とりあえず大学院にいった。

 

その大学院では大学院生に部屋が割り当てられる。

研究をしていると、メンタルがやばかった人がいたんでしょう。夜中に雄叫びが聞こえてくる。なんだろうと思ったら、今度は泣き声が聞こえる。

その瞬間になんでこんなところにいるんだろうと思った。次の日に実家にもどった。

 

ハーフであることを悩んでいた自分を吹き飛ばしたある経験。

そこで、やりたいことがさらにわからなくなった。
でも、実家でタダメシ食うなといわれたので働かないと、ふらーっとカフェにいったら、暑さに強いバイト募集という張り紙をみて、しばらくはいろんなことを忘れてバイトした。

 

そこである女性に出会った。

その子の当時の恋人で旦那さん、今は元旦那が精神科の先生だった。

面白い人だから一回会ってみたらといわれて会ったら、やることないならボランティアしてと言われた。

 

茨城の北の外れにある精神科の病院。

山の中に病院があって寮があって、精神疾患を持っている人たちが集団で生活して、牛を育てていた。

ただ育てるだけじゃなく、畜産、A5ランクのいい牛肉を作っていた。

そこにポーンと放り込まれて、とりあえず牛の糞だしをしていた。

 

なぜ私が施設にひかれたのかというと、村上春樹が好きで、ノルウェイの森の中に、傷ついた人が集まる場所がある。そこが「阿美寮」と呼ばれていて。

そこの牧場が「xxxxxx(※注:聞き取れませんでしたが「阿美寮」に似ている発音です!)」だったんです。ここが私の来る場所だったんだ!と思った。

 

でもすごいしっちゃかめっちゃかで、日本でハーフで誰からも受け入れてもらえないと思っていたのがばかばかしくなるくらい、多様だった。

院長に働かない?と誘われて、働くことにした。

その院長先生が変わり者で、今でこそ発達障害、トラウマと言う言葉が当たり前だけれど、同時は新しくて、いろんな医療機関に面倒な患者さんだった。

そういう人たちが自然に集まっちゃう人だった。

 

やりたいことなんてわからなかった。でもふっと降りてきたのは彼女の言葉に会ったとき。

そんな中で、旦那さんから暴力を受けている女性に出会った。

お酒を飲んだときだけ暴力をふるって、それ以外のときは良い旦那さん。スイッチが入ると子どもを連れて、カラオケだったりファミレスに逃げる。

だけど夜が遅いと警察に通報されたり、変な目で見られたりする。結局、コンビニに車をとめて嵐が過ぎ去るのを待つようになった。

 

駆け出しのソーシャルワーカーだったわたしは、「あなたはDVの被害者です!シェルターに逃げましょう!」と伝えた。

でもその女性が、「なんで私が逃げないといけないんですか?わたしは悪いことをしていないのに、キャリアや友達や地域を捨てないといけないんですか?おかしいじゃないですか?」、と。

「私も自分と子供のことを守れていないことはわかっている。

だから、本当につらいときに子どもと一緒に逃げられて、安心して居られる場所にいつでもアクセスできる、地域にいつでもいける場所があれば、そこにふっと逃げて、自分にとって何が必要かわかるんです」、と言われた。

 

これだ!と思った。そのときから、いつかずっとつくりたいと思っていた。

当時、自分は恵まれていた。良いお給料をもらって、結婚していて、家もあって、自分自身が豊かだったのでなんとなく後回しにしていた。

病気や離婚をして命以外のすべてを失ったとき、何もない自分が始めるとしたら何をやるかと考えた。

ふっとおりてきたのがKECOMIを実現したい、ということ。

 

いじめで育まれたものは辛い時には必ず誰か助けてくれるという信念

両親は冷たい人ではなく、ユニークであたたかい家だったけど、ハーフを理由にいじめ受けて、親にもいえない。家にも居場所がなかった。

自信や自分の価値を失った。

でもその経験で育まれたのは、つらいときには必ず誰かが助けてくれる、ということ。

いじめが親にわかったとき、親が次の日すぐに学校に行って、二度と起きないようにしてほしいと校長室に乗り込んでくれた。

自分を恥じた、もっとはやくいえばよかったんだ、と。

どん底のピンチのとに親が助けてくれた。
今までいろんな嫌なことがあったけど、このリソースが自分を生かしてくれた。

だから、このリソースを子どもたちをにも伝えていきたい。

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鴻巣さんが取り組んている「たべなま」とは?居場所以外の裏メニューとは?、そして高齢者が集う映画館を運営されている青山さんのお話は、後日後編として、アップします!