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失恋してつらくてつらくてしょうがないならわたしの失恋話をきいてくれ

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失恋してこの世の終わりと屍のように仕事にむかうもただただ呼吸しているだけの方はいませんか〜?

3年前のわたしです。冒頭のスクショはふられてから半年後のEvernoteのメモ。半年たっても死にかけている…。立ち直るまでに10ヶ月かかった。はじめてちゃんと数えてひいている。

 

その頃わたしは代官山で働いていたが、洗練された街を、ここでは奇抜ではなくファッショナブルと呼ばれる人々の雑踏のなかを、土気色の顔をして息もたえだえに通勤していた。

振られてすぐは泣いた。

家のベランダにこしかけて、蒲田の空を仰ぎながら泣いた。夜だった。三連休の最終日だった。会社いくのつらい。

翌日、Evernoteにはこんなメモが残されていた。

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2選で終わってた…。つらすぎてこんな経験あとにもさきにもない、いつかブログに書いてたくさんの人によんでもらうんだ、と思って泣きながらメモした。

 


その後「ふられた」「もうつきあえない」という事実を受け入れるために脳内大会議。

「ふってくれたほうがラクになるからよかった」

「あのときのあのいい方がわるかったからふられたんだ」

「そもそも自分のことばかり話してわたしには興味なかったじゃん」

失恋とはバンジージャンプが際限なくつづくようなもの。ただただ下に落ちていく。やっかいなことにちょっと上がったと思ったら、また下に落ちていくことを繰り返す。

相手のことを蔑んでみたり、自分のことを否定してみたり。しょうがなかったんだ、と受け入れたかと思いきや、やっぱり苦しくてどうにか付き合いたいと思う。

 


そんな無限バンジーに終止符を打つべくわたしは手っ取り早く新しい恋をしようとした。

一念発起してこっそりソーシャルマッチングアプリに登録した。Facebookアカウントを利用して登録できる現代版の出会い系サイトだ。

お互いをいいねしあったらメッセージの交換ができるようになる。

恋人はできなかったがこれは地に落ちた自己肯定感を大いに回復させた。

好意を持ってくれている人とのコミュニケーションは、失恋してどよんとしてるところにはかなりの救いなのだ。

よくある失恋なぐさめてたら付き合っちゃった、至極真っ当な結果です。

 

 

しかしまったく楽しくなかった。今振り返るとわたしは大きな間違いをしていた。

(マッチングの結果、アヒージョを知らない男性と六本木デートしたときはなぜわたしはここにいるのか一瞬わからなくなったことがあるそれはさておき)

失恋した穴は、振られた相手にしかうめられない。別の人を押しこんでうめることなんてできない。

失恋から3ヶ月後Evernoteにこう書いていた。

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まったく結局は振られた相手がまだ好きで、ぽっかり空いた穴をどうにかこうにか埋めようとしてたって土台むり。

 

 

3年たったいま穴はうまったのかというと、うまったかどうかなんて関係なくなった。

そういうことがあった、というただの事実が人生に転がってるイメージ。

 

失恋なんて時間がたてば解決する、ということも言われたりするけど、時間が解決することもあれば、時間では解決できないこともある。

それは自分では選べない。

失恋の穴をうめるためではなく、自分がやりたいことを何も考えずに自分のためにやる。ただそれだけです。

 

 

 

後日談ですが、その彼は共通の友人と昨年ご結婚されました。共通の友人に誘われ飲み会にいったら彼もおりはちあわせ。

何も知らない友人が婚約発表するというなんとも毒々しいハプニングがありざわつきましたが、27年生きていればそんなこと起きるんだなと帰宅の途ではなぜかしみじみしてしまいましたとさ。人生はたのしい。

 

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